公開日：2025/07/12

35th Season

#35-6　AD変換器HX711を使う

　前回組み立てたキッチンスケールキットに含まれていたAD変換器HX711モジュールの制御方法を調べて行きたいと思います。

AD変換器HX711モジュール

　まず、ロードセルとセットになっているAD変換器HX711のデータシートを検索しておきましょう。

　　HX711データシートを検索(別ウインドウが開きます)



　データシートを参照しながら、HX711の使い方を明らかにしていきます。

電源周り

　データシートによると、HX711の電源電圧DVDD＝2.6〜5.5[V]の規定でした。3.3V定格のマイコンボードで使うなら、DVDD＝3.3Vを接続するのが使い易いですね。5V給電もできるので、Arduino UNO等5V定格のマイコンでも使用可能です。

　問題は、アナログ用の電源電圧AVDD＝2.6〜5.5[V]をどうするか？です。
　HX711は24ビットの差動入力AD変換器ですので、1LSBに相当する電圧は電源電圧AVDDの2²⁴分の1と、非常に微小な電圧です。ちょっとしたノイズであっても、大きな影響を受けてしまいます。少しでもノイズの影響を低減したいと思うなら、AVDDを定格内の可能な限り高い電圧で使うのが定石です。

　データシートによると、HX711にはアナログ電源用のレギュレータが内蔵されている様です。以下図にHX711データシートに記載された応用回路例を引用します。


※HX711データシートから引用。

　今回入手したHX711モジュールに実装された素子等を眺めた限り、恐らく上の回路例に近い回路が実装されている物と推測します。
　上図の応用回路例では、フィードバック入力VFB端子と内蔵VBG(バンドギャップ基準電圧)が等しくなる様に、BASE端子が制御されます。BASE端子を適切なPNPトランジスタのベースに接続すると、注入型のLDOレギュレータを構成できます。
　ただし、PNPトランジスタQ1と、出力電圧調整用の抵抗器×2個(R1，R2)を外付けする必要があります。HX711モジュールには、その外付け回路が搭載されている模様です。

　　チップ抵抗のマークとデータシートより：

• AVDD＝VBG×(R1＋R2)÷R2≒4.3V
• R1＝20×10³[Ω](チップ抵抗、マークは203)
• R2＝82×10²[Ω](チップ抵抗、マークは822)
• VBG＝1.25V(TYP)

　アナログ電源電圧AVDD＝2.6〜5.5[V]の規定なので、ノイズの影響を最小化するためには、AVDD＝5Vを使うのが理想的です。理想的なAVDDを生成するための抵抗値を算出してみると、R2＝R1÷(AVDD÷VBG−1)≒6.7kΩだと解りました。
　実際の回路では、R2＝8.2kΩ、AVDD＝4.3Vと、中途半端な値に設定されているようです。近い値のチップ抵抗が無かったのか？？設計の意図は不明です……。

　更に、肝心なレギュレータの電源電圧VSUPは、DVDDと同じ電源が接続されています。
　Arduino DUE等3.3V定格のマイコンを使う場合、DVDD＝3.3Vですので、レギュレータで出力できる最大電圧は以下の通りです。

• AVDD(MAX)＝DVDD−Vce＜3.3V
• DVDD＝3.3Vの場合。
• Vce：
• PNPトランジスタQ1のコレクタ-エミッタ間電圧。
• トランジスタによって異なるが、通常はVce(SAT)＝0.5V(MAX)ほど。
• 上の回路例だと、飽和(SAT)するほどの電流は流れないので、実力ではVce＜＜0.5Vだと考えられる。
• LDOレギュレータのドロップダウン電圧Vdoに相当する。
• ※もしかすると、DVDD＝5V、Vce(SAT)＝0.5V(MAX)を意識した結果、AVDD＝4.3Vという中途半端な電圧設定にしてあるのかもしれない。

　少なくともAVDDがDVDDより上昇する事は無いので、DVDD＝3.3Vの場合はR1，R2で決まる4.3Vまで上がることはありません。

　AVDD＝5Vとまで言わないまでも、せめてAVDD＝4.3Vで使いたいなら、Arduino UNO等の5V定格マイコンを使い、DVDD＝VSUP＝5Vを給電する必要があります。もしくは、Arduino DUE等の3.3V定格マイコンを使う場合、DVDD＝5Vを給電した上で、通信信号線(PD_SCK，DOUT)にレベルシフタL/Sを挿入して使う事になります。

　なんだか、「帯に短し、襷に長し」な感じです。中華の臭いがします……。

※使い方を考慮するなら、HX711モジュールの電源DVDDとVSUPを分離して、個別に印可できるようにしておくべきだと思われます。この辺りの設計思想と言うか意図は計りかねます。

チップ抵抗(余談)

　チップ抵抗には、3桁ないし4桁の数字がマークされています。いずれも、最後の数字が10の冪数になっています(以下例を参照)。

　　例）チップ抵抗のマーク

• 「103」＝10×10³Ω＝10kΩ
• 「4701」＝470×10¹Ω＝4.7kΩ
• 「2R0」＝2.0Ω
• Rは、小数点位置を表す。

　ここまでは、インターネットで調べたら出てきます。

　では問題、「E02」の抵抗値は、いくらでしょうか？

　　答え：　20kΩ

　何でよ？って言うと、180°裏返っているのです。「E02」に見えたものは、180°裏返すと「203」ということで、20×10³Ω＝20kΩが答えです。

　　普通、「2」が裏返っていたら判るでしょ？
　　「3」だって、裏返っても「E」には読めないよね？

　仰る通りなのですが、何分、小さなチップ抵抗にマークされた小さなフォントなので、天地を判別できるほどの解像度が無いのです。さすがに「E」は数字ではないので「違う」と判りますが、「822」は、どうでしょうか？180°裏返ると「228」と読めてしまいますが、抵抗値22×10⁸Ωで矛盾しません。このケースでは、2.2GΩが常識的に大きすぎるので、候補から排除するのでしょうか？？

　180°裏返っても判別できない「2」や「5」、「8」、「0」、「1」、裏返ると区別のつかない「6」と「9」等が曲者です。って、10個の数字の内、7個が曲者って、ダメじゃん。何とかならなかったんですかねぇ〜？



　上図でR1，R2が、問題の「203」と「822」ですね。では、R3の抵抗値は、いくらに読めますか？

　　「102」なら、10×10²＝1,000Ω
　　「201」なら、20×10¹＝200Ω

　こちらの応用回路例だと、R3＝100Ωですから、どちらも違いますね。性善説に立てば200Ωの方が近いですが、「100Ω」で指示したのに出来上がったボードは「1,000Ω」に間違っていた、のだとすると、「如何にもありそうな間違い」ですよね。さてどっち？

通信信号と制御方法

　HX711モジュールの通信インターフェイス信号は、クロック入力PD_SCKと、データ出力DOUTの2線式シリアル通信です。制御方法をデータシートより読み解き、以下にまとめます。

　　制御方法：

• クロックPD_SCKは、
• マイコン側から常時LOW出力しておく。
• PD_SCK＝HIGHレベルが60μs以上継続すると、パワーダウンモードに入る。
• 信号名のPD＝Power Downを意味している。
• HX711のデータ出力DOUTは、
• 常時HIGH出力である。
• PD_SCK＝LOWレベルの間、
• HX711はAD変換を実施して、
• 変換終了するとDOUT＝LOWレベル出力となる。
• DOUT＝LOWレベルを確認したら、
• PD_SCKをトグルして24ビットデータをMSBファーストで読み出す事ができる。
• HX711のアナログ入力は差動入力なので、読み出し値は24ビット符号付整数。
• 変換モード
• PD_SCKには25〜27発のクロックを入力しなくては、ならない。
• 内、最初の24発は24ビットAD変換結果の読み出し。
• クロック数で、次に実行するAD変換モードが設定される。
• クロック数＝25発：　チャンネルA、ゲイン×128倍
• クロック数＝26発：　チャンネルB、ゲイン×32倍
• クロック数＝27発：　チャンネルA、ゲイン×64倍
• モードを変更する場合、一旦パワーダウンモードに遷移させる必要がある。
• パワーダウンモードでは、PD_SCK＝HIGH。
• PD_SCK＝HIGH→LOWとして、パワーダウンモードから抜けると、モード変更が可能。
• 所望のクロックパルスを発生して、モードを設定する。

　API関数の仕様を、C言語を前提として以下の様に策定しておきます。

　　API目標仕様：

• void　hx7_set_mode (int　hx7_mode);
• 一旦、低消費電力モードに遷移した後、指定したモードhx7_modeに遷移する。
• hx7_mode＝1(＝hx7_CHAX128)：　チャンネルA、ゲイン×128倍
• hx7_mode＝2(＝hx7_CHBX32)：　チャンネルB、ゲイン×32倍
• hx7_mode＝3(＝hx7_CHAX64)：　チャンネルA、ゲイン×64倍
• それ以外の値(例えばhx7_POWDOWN＝0)を渡すと、低消費電力モードに遷移する。
• int32　hx7_read_data (void);
• hx7_set_mode()関数で遷移したモードで、AD変換データを読み出す。
• 返り値は24ビット符号無整数(int32)。
• 本来は24ビット符号付整数だが、本関数は24ビット符号無整数を返すことに注意。
• 必要な場合は、最上位ビットを符号拡張する事。
• AD変換結果が準備できる(DOUT＝LOW)までポーリングする(ブロック処理)。

歪みセンサとしての使い方

　前節の通り、HX711の使い方としては理解できました。続いて、歪みセンサ(ロードセル＋HX711モジュール)としての使い方を理解しておきましょう。

　HX711の作動アナログ入力は2チャンネル(A，B)搭載されています。ロードセルのホイートストンブリッジ🌉は、チャンネルA側に接続されているので、モード1または3にて、チャンネルA側を選んで使えば良さそうです。
　モード1または3でゲインが異なるので、そこは使って見て決定します。特に問題無ければモード1のゲイン×128で良いはずです。ホイートストンブリッジからの微小な信号をAD変換するためです。万一、オーバフロウするようなら、モード2のゲイン×64に落とす、という対応で良いでしょう。

ロードセルの校正

　ロードセルは生じた歪みに応じて電気抵抗が変化する素子です。
　何グラムの負荷に対して、どの程度の変化があるか？については個体差があるので、校正して使う必要があります。

重量の原器

　ロードセルを校正するためには、重量の神様となる原器が必要です。以下の様なオプションを考えています。

• １）市販の分銅など、重量が明確に判る物を用意する。
• 昔、学校で使った上皿天秤(今も使っているのか知らないけど)。
• この時使った分銅を入手するのが良い。
• ただ、高々キッチンスケールの校正に使うのは勿体ない(高価)。
• ２）1円硬貨を用意して、1枚＝1gとする。
• 1円硬貨は1枚＝1gなので、100枚用意すれば100gの原器として使用可能。
• 最低でも数100枚と言う、大量の1円硬貨が必要な事は短所。
• 摩耗や製造時の公差などによる重量の偏差は誤差となる。
• ３）信頼のおける、市販の秤などを用意する。
• 適切な重さの物体を秤で測定して、その物体の重量とする。
• この場合当然、参照元の秤が持っていた誤差を引き継ぐことに注意。
• ４）ペットボトル等の容器に水を入れ、1mL(＝1cc)＝1gで換算する。
• ペットボトルに計量した水を入れ、重量の原器として使用する。
• 1mL＝1gで換算するため、容積の計量誤差がそのまま校正誤差に上積みされる。

　項番の小さい方が高精度な校正が可能ですが、高々キッチンスケールの校正なので、費用対効果も鑑みて、本ページでは２）を選択します。手元に大量の1円硬貨が在った事が幸いしました。長年の小銭貯金の成果です（１＾−＾）ｖ。

　正確な重量測定に使用する目的で校正するのであれば、心行くまで精密さと正確さを追求してみると宜しいと思います。

校正方法

　自作キッチンスケールの校正手順を以下に示します。

• １）無負荷の状態で、AD変換値を読み出す。
• この値が0gの指示値。A0[LSB]とする。
• ２）重量Wc[g]が既知の物体を載せた状態で、AD変換値を読み出す。
• この値をAc[LSB]とする。

　引き続き、AD変換値から重量への換算手順を示します。

• ３）重量が未知の被測定物を載せた状態で、AD変換値を読み出す。
• この値をAx[LSB]とする。
• ４）被測定物の重さWxは、以下の通り計算できる。
• Wx＝(Ax−A0)÷(Ac−A0)×Wc[g]

　この換算が正しいためには、ロードセルにかかる負荷(歪み)の大きさと、AD変換値がリニア(直線関係)であることが前提です。次回、実験で確かめます。


　AD変換器HX711モジュールの使い方が判りました。残るは、適切なマイコンと接続して、実際に物体の重量を測定してみるだけです。次回完結です。